鉄道の思い出 奮闘した新社会人生活(2013年度)

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1 鉄道会社で新入社員研修

2013年4月1日

ついに社会人生活がスタート。大手私鉄グループの電気工事会社へ入社をしてこの日から半年間、親会社の大手私鉄電気部門に出向になりました。研修センターに鉄道会社とグループ会社を含めた社員が集まり2週間の合同での研修。クラスごとに分かれて助役級の教官の方と目を合わせました。

これは仕事だからね!お金をもらってるんだからね!

学生から社会人へ切り替えさせるため檄が飛びます。2週間の合同研修の中でやったのは「規律訓練」。鉄道の仕事は命にもかかわりチームワークであるので集団での訓練は厳しいです。敬礼は指が少し曲がってただけで怒声。身だしなみも大きい声でお互いに指差喚呼を行います。

ネクタイピン!不適切!

ネクタイピンを私は忘れていたため仲間から指摘がありその後教官から怒声。声が小さいと何度もやり直し雰囲気はもはや自衛隊。研修中は毎日掃除をやりますが机が揃ってなかったり、出勤簿に押す印鑑が少し曲がってただけで怒られる。すごい環境でした(笑)同期は東北や九州から上京して寮生活をしてる方や鉄道学校出身もいて休憩の間の話が息抜きできるひととき。研修中はテストがあり駅名やグループ会社情報などいろいろ出てきました。

無事に2週間の合同研修が終了して脱落者はゼロ。厳しい教官も最後は笑顔で激励の言葉をかけてくれました。

プロは常に同じ環境に保たなければならない。それができなければアマチュアだよ

規律訓練中の教官からの一言で、鉄道好きから鉄道マンになる私にとって響きました。この言葉を胸に研修センターを後にして電気部門の研修に入ります。本社で部門の概要を何日間か聞いたあと沿線にある現場事務所に配属となり、電気設備に関する教育を受けました。

写真左の黒い装置が転てつ機

信号設備では電気転てつ機の点検を学びましたがレールの間に足を置くと動いたとき足がペチャンコ!転てつ機本体も触れる場所を間違えると大けがにつながります。

大変だったのが電力設備の教育でした。写真の全長6mほどの絶縁はしごを縦に持つのですがバランスをとるのが難しく何度も倒しました。はしごを電車線にかけて登り眺めは最高!ですが下をのぞくと目がくらみ電車線もしなやかなので揺れがすごいです。電柱へも登ってロープを括り付けて手を放しましたがちょっと怖かったです(笑)電車に電気を送るトロリー線は線というより棒そのもので切断に一苦労。ボルトの締めつけはパワー勝負、職人の世界でした。

設備面の教育のほかにも社会人としての基本も徹底的に叩き込まれます。挨拶の徹底、お茶出し、先輩への敬語などコミュ障の私にとっては最初は大変でした。上司へ何をすればいいか聞きに行くのも緊張しました。制服や鍵などの備品は紛失なんてしたら始末書ものです。歓迎会は初の飲み会ともあって酒を注いだりと立ち回りを学びました。

2013年6月17日

「電気係員に命ずる」

2か月半の試用期間を終えて事務所で本採用の辞令が交付されました。先輩や採用元のグループ会社の社員にあいさつをしました。そしてこれからが本番、本気で取り組まなければなりません。

2 東武線で行く東北

2013.5.4

社会人になってから初めてのゴールデンウイーク。研修で少し疲れが出てるなか、父の実家米沢へ行くことになりました。JRの新幹線を使うのが定番ですがこの時は違う方法で行きました。

東武鉄道

東武鉄道は栃木県までしか行かないはずかと思いますが実はその先福島県の会津若松まで線路がつながっています。しかも当時起点の浅草駅から南会津の会津田島まで乗り換えなしで結ぶ、それも特急料金不要の列車があったので乗り通してみました!

朝の浅草駅、6050系6両の快速列車がカーブを曲がって入線。ホームとの隙間が広く渡り板を掛けられて車内へ、観光客でほぼ満席となりました。近くには外国人観光客の方も座られていました。7時10分に列車は出発して墨田川を渡って速度を上げていきます。北千住で立ち客が出るほどに混雑して春日部まで途中17駅をノンストップで爆走。東武動物公園に停まって利根川を渡って板倉東洋大前に停まったら栃木県に突入して田園風景が過ぎ去ります。

車内はこのようなボックスシートで昔の急行電車の面影が残ってます。日光、鬼怒川に向かう観光客がほとんどで観光地で何をしようかという話で車内は賑やかです。東武日光線はのどかな雰囲気の路線ですが94.5kmの全線が複線で直線の線路を観光客を乗せてさらに爆走。

下今市駅に到着してここで6両編成のうち後ろ2両は東武日光行のため切り離されます。近くに座ってた外国人の方が日光に行くと言い出し後ろの車両に移るように促しました。切り離されて4両編成になった列車は鬼怒川線に入って鬼怒川温泉で多くの方が降りました。出発すると左手に廃墟の温泉旅館たち。バブル期には賑わっていたことを思わせる光景でした。

新藤原駅からは野岩鉄道の管轄になり私も初乗車。同時に後ろ2両が新藤原止まりとなって切り離されます。列車はさらに静かになって関東平野からトンネルと鉄橋が多い渓谷を進みます。

2021.3.22撮影

トンネルの中にある湯西川温泉駅を出発してすぐに湯西川を渡ります。鉄橋の上をゆっくり渡って眺めはとてもよくトンネルがたくさんある中で貴重な地上区間。秘境駅の男鹿高原駅を通って会津高原尾瀬口駅に到着して野岩鉄道制覇。会津鉄道に突入しましたが乗客はさらに少なくなり私を含めて数人しかいませんでした。

10時40分ごろ、浅草から約3時間30分かけて終点の会津田島駅に到着しました。大都会から南会津の田舎までよりどりみどりの車窓が見えて乗車券だけで乗れる、昔の国鉄の急行のような列車でした。ディーゼルカーの列車に乗り換えて会津若松駅まで乗車。到着したとき過去に東武とJRで運行してた車両に出会いました。米沢へは郡山、福島経由で乗車しましたが昔喜多方を経て米沢まで鉄道で短絡する計画もあったそう!もしできてたら乗ってみたかったなあと思った日でした。私が今回乗った快速列車は2017年4月に廃止され使用車両の6050系は2022年3月をもって運行は野岩鉄道のみになりました。現在特急リバティが役目を引き継いでます。

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3 鉄道のメンテナンス現場

2か月半の試用期間を終えて本採用された私はいよいよ本格的に現場に入ります。配属当初は電力担当となって変電所を学びました。鉄道の変電所は最高で66000ボルトという超高圧で触れたら即焼肉。昼間でも電車の運行に影響しない程度で作業があるため作業の時は一部を停電させます。停電をさせたら検電(無電圧の確認)、放電をして私も22000ボルトが通っていた部分の放電に当たりました。

バチッ!(火花が出ながら)

大きな音とともにびっくりして電気の恐ろしさを感じました。作業は手順を間違えると命にかかわり電車の運行が停まってしまう。そのため現場は厳しかったです。

この時には夜間作業にも入り始めましたが本当にしんどかった。8時から17時まで勤務からの夕食。事務所内のお風呂に入り20時に仮眠ですがまあ眠れません。22時頃になると気持ちよくなりますが0時の一番眠い時に起きてだるい中で制服に着替えて自動車で出発。ああ眠い!

現場に到着して準備をして作業点呼でKY(危険予知)をして終電後の1時半過ぎに電力指令と連絡を取って停電。ここから約2時間の間で作業をしなければなりません。初めての夜間作業は直流高速度遮断器という電車に送る電気を入切するブレーカーの点検でしたが特殊な機器で取り扱いには注意。時間が限られてて眠くも気合とチームワークで進めます。3時半前後に作業を終えた後送電の準備をして4時ごろに送電。事務所に戻って書類整理などをして勤務終了。家に帰った後は布団に直行、気づいたら夕方でした…

変電所がメインでしたが出向中は何回か電車線や信号関係の作業にも参加。線路内の作業の際は特に気をつけました。

右よし!左よし!

線路横断をする際は左右の確認を徹底します。線路内作業は列車監視人が見守っているうえで数人でのチームワークです。「列車接近!」の合図で作業の手をいったん止めて線路わきのスペースに退避完了。列車が接近して100km/hで列車が通過!風圧で体がもっていかれそうでした。走る電車は本当に恐ろしいです。真夏になると地獄で徒歩巡回で駅間を歩いたときは暑い!レールがすごい高温で照り返しが激しくサウナのよう。そんな線路内作業で一回ひやりとした出来事がありました。

ある日線路脇の雑草が信号機にかかって見えにくいたいう報告があったので所員一同で草刈りをすることに。ポイントの近くで足元が揺れてると思ったらポイントが切り替わってる最中で危なかったです。

私は鉄道好きではありましたが以外にも鉄道好きはいませんでした。雰囲気としては高校の野球部のようで上下関係は厳しかったです。辛いこともありましたが鉄道の現場を経験してチームワーク、団結が強いことが学べました。

2013年9月13日

「電気係員を解く」

9月15日付をもって私は鉄道会社への出向が解除されて所属先の電気工事会社に戻ることになりました。

出向中の最中で学んだことはたくさんありました。

1.段取り八分
→仕事がスムーズに進めるには事前の準備が大切である
2.下も向いて歩こう
→前を見ることも重要だが足元も危険なので周囲をよく見ること

これは上司や朝の点呼から聞いた言葉で仕事はもちろんですが日々の生活にもつながっていると実感しました。お世話になった先輩方へ挨拶をして送別会ではいろんな話をして楽しかったです!本当にありがとうございました!

その後は電気工事会社に戻って出向した鉄道会社は客先としてかかわることに。請負工事がメインなので工事書類の作成や現場での工事管理などたくさん学ぶことがありましたがこの経験は私の財産となりました。

4 近畿周遊と秋田へ父と二人旅

2013年12月28日

夏は仕事を覚えるのに精一杯で旅に行けず、冬の年末年始に行くことになりました。この日の朝に夜間作業を終えてから青春18きっぷで京都まで各駅停車を乗り継いで行きました。静岡県は長かったもののずっと寝ていたので覚えてません。

翌日は京都駅から18きっぷで福知山、伯耆大山(ほうきだせいん)、岡山経由で大阪まで回っていく計画を立てていたので朝から山陰本線を西に進んで行きます。乗り換えを進めて兵庫県の香住駅まで進んだところでアクシデント、

除雪を行うため列車が先に進めません。

除雪を行うため運転を見合わせ、鳥取方面に行く場合は代行タクシーを手配しますと案内がありました。しかしタクシーなので道路状況によっては乗り継ぎが間に合わず下手したら大阪まで戻れません。

迷った私は香住で折り返すことを決めて近隣の北近畿タンゴ鉄道(現在は京都丹後鉄道)を乗りつぶすことにしました。天橋立が沿線にはあるのですが観光地はどうでもよく乗りつぶしに専念しました。乗車後は福知山線経由で大阪まで戻りました。

その晩は大阪市西成区の「ホテルサンプラザ」に2泊。選んだ理由は

1泊1500円

これだけの理由で速攻ぽちりました。部屋は3畳の広さで雰囲気としては刑務所の独房のよう。宿泊客は生活感が溢れていて長く住んでるんじゃないかというおっちゃんもいました。西成区はあいりん地区というドヤ街があり、周辺に日雇いやホームレスがちらほらいて過去には暴動も起きるほど治安が悪かったそうです。現在は暴動など全くなく当時の泊まったサンプラザはリニューアル、あいりん地区の治安はかなり良くなってます。新世界やなんばへのアクセスも良く外国人にも人気です!

2013年12月30日

フリーパスを事前に購入して鶴橋駅から近畿日本鉄道の乗りつぶしをスタート。路線長は当時508.1km。日本の私鉄の中で最も長く、大阪、京都、奈良、三重、愛知とかなりの広範囲。

近鉄を乗りつぶした中で特に印象に残っているのがケーブルカー。途中に踏切があり、生駒周辺で走っていたのは動物をモチーフとして可愛らしい見た目でした。

この日は大阪と奈良と京都周辺の路線を乗り潰しましたが支線がとても多く観光なんてする暇がありません。近鉄車両の顔は右の顔が多かったのが印象的。

2016年撮影

近鉄の最大の見どころがこの大和西大寺駅。奈良線、京都線、橿原線が交差するターミナルで分岐がかなりすごい。西大寺駅どまりの列車や奥には車庫もあるのでダイヤは複雑でよくさばけるなと思いました。

2013年12月31日

2013年大晦日は三重方面を攻めていきます。新今宮駅から南海電鉄でなんばに出て大阪難波から近鉄で上本町に出て特急列車に乗ります。この年は伊勢神宮の20年に一度の式年遷宮が行われた年であるため車内は混雑。もちろん伊勢神宮最寄りの伊勢市、宇治山田でほとんどが降りました。終点の賢島駅まで各駅停車で乗った後は特急で津駅まで移動して三重地区の乗りつぶしに取り掛かりました。

こちらの路線は近鉄八王子線で内部線とともに少し変わった路線となってます。線路の幅は762㎜と近鉄の一般的な標準軌(1435mm)の約半分でナローゲージとも呼ばれてます。車両もかわいらしくおもちゃのようです。現在は四日市市出資の第三セクター「四日市あすなろう鉄道」となってます。社名のなろうは線路のナローゲージからきています。

翌日は米沢に行く用事があるためこの日のうちにムーンライトながらで名古屋から乗車して翌日に新幹線で山形へ。朝の東京駅のみどりの窓口に並びましたが開く前から混雑。通路側が運よく取れて新幹線から初日の出を見ました。

2014年1月4日

この日は青春18きっぷで父と二人旅で秋田へ向かいます。左沢線、東北本線の利府支線、気仙沼線のBRTを乗りつぶすことが目的のため父にお願いして付き合ってもらうことに(笑)

朝の7時頃に親戚の方にお願いして米沢駅まで送ってもらい旅がスタート、左沢線に乗りつぶして仙山線で仙台にわたって利府へ。なお昼食は時間がないのでコンビニで調達して利府も行って次は気仙沼線、小牛田駅で乗換なので時刻表で確認をして東北本線松山町駅手前に差し掛かったその時…

ドンッ!

何かを踏んだような音とともに列車が急停車して安全確認。おそらく置石ですが20分遅れて運転再開。小牛田駅で気仙沼線には乗り継げなくなってしまい後続だと秋田に着けなくなるため東北本線を盛岡までそのまま北上。田沢湖線に乗って21時頃に秋田駅に到着して近くの東横インにチェックイン。夕食は秋田駅近くの居酒屋でとってそのまま就寝。

2014年1月5日

秋田を7時前に出発して羽越本線で日本海を南下します。酒田からは9時半ごろの列車で新潟県の村上まで乗車ですが逃すと次に新潟に行けるのは3時間後!村上からは新津、長岡経由で埼玉に帰宅をしました。寝台特急あけぼのを撮影できましたが気仙沼線に乗れなかったのは少し残念でした。置石の犯人は誰なんだろう…

2013年度に乗った主な路線
左沢線 田沢湖線 羽越本線 山陰本線 近鉄線 大阪市営地下鉄 東武日光線,鬼怒川線 野岩鉄道 会津鉄道 山形鉄道 etc…

2013年度の主な出来事
・初めての給料日にキャッシュカードの暗証番号を間違えて翌日勤務中に先輩に付き添われ銀行に行く
・不規則夜勤、食い過ぎにより半年で7㎏太り、酒を飲んでないのに肝機能異常が出る
・職場で生命保険のセールスがあったが生保レディに誘われてファミレスで月13000円の保険を契約させられそうになる。その後別の会社の月5000円の保険に加入した。
・スマホゲームにはまって月20000円の課金をした。
・気持ちよさそうという理由だけで普通二輪免許を取得した。その後二輪車を運転することはなかった…

2013.1.5秋田駅

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この記事を書いた人

埼玉県在住の乗り鉄です。2011年から日本の鉄道完全乗車を目指し、2022年に只見線で達成しました!ほかにも飛行機に乗るようになってJGCを取得、旅の移動は公共交通を利用します。

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